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勝者と敗者と同情





一昨日おこなわれたW杯日本vsデンマークの闘いや世間の盛り上がりを見ていて、
日本が勝ったのは凄く嬉しいけど、相手のチームやサポーターが悔しがっているのを見ていると可哀想になってくるという感情を心の奥底で感じてしまい、
この気持ちどう落ち着けるべきかと物思いにふけていました。
日本の方が技術も優れたからこそ得られた勝利である事に他ならないのですが、
世界的に大きな規模で開催され、4年に1度という限られた期間の中で全力をかけて戦い、
その努力が全て打ち破られたとなると、負けた時のショックは計り知れないものなのだと思えてなりません。
日本が負けた時と同じくらいの落胆を相手も味わわなければならないと思うとなんだかつらいものがあります。
自分自信が勝負事に慣れていないからというのが専らですが、
勝負師というのはそういった犠牲や覚悟を承知の上で、勝利の喜びを分かち合う事のできる強い人達なんだなぁ…としみじみ感じました。





   182 名前:焼き鳥名無しさん[sage] 投稿日:2008/10/17(金) 22:02:13 ID:???
      つもっこ動物の作者のあとがきの、麻雀に負けると全人格を否定された気がして
      勝つと申し訳ないって気持ちになるって凄く共感するよ
      賭け事や勝負事に向いてない性格なんだなって

   204 名前:焼き鳥名無しさん[sage] 投稿日:2008/10/20(月) 03:05:47 ID:???
      >>182
      勝った時の意見はわかるが
      負けた時の 全人格を否定 てのがわからない
      自分を負かせた相手に憎悪するのならあるけど
      それが友達相手なんで嫌になる
      勝たねばどうにもならんと思えてしまう
      憎悪しない為には
      勝つと申し訳なさ+気分よさがある 申し訳なさが増して手綱を緩めて負けた経験があるんで
      絶対友達でも容赦したら自分に損だと思う そのへんの泥臭さに悩まされる

   205 名前:焼き鳥名無しさん[sage] 投稿日:2008/10/20(月) 05:02:04 ID:???
      >>182 >>204
      「全人格が否定される」ってのが対局相手じゃなくて勝負運的なモノに否定されてる気がするって意味ならオレも施川に共感する
      勝ったときはどーでもいいのに。勝ち負け意識の非対称性とでもいうのか
                                 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mj/1223530866/




自分も天鳳等をやっていると>>182さんと全く同じような感覚に陥ってしまいます。
勝負とは互いの技量の比べ合い、勝つ事も負ける事も覚悟して臨むものですが、自分は心のどこかで相手に申し訳ないと考えてしまうのです。
その時自分が勝てたのは本当に運が良かったからで、あの時こう打っていたらこの勝利は無かった…等という自身のなさもありますが、
あの「全人格を否定された」ような感覚を負けた相手も味わうのかと思うと同情の念を禁じ得ません。
自分が勝負さえしなければ相手が敗者に成り得る事もありませんし、始めから勝負に身を投じなければいい話なのですが、
普段勝負をする人がどういった気持ちでこのような相手への念を処理なさっているのか純粋に知りたいと思いました。


「勝つってのは綺麗なことなんかじゃない。残酷なことなんだ。」
「喜ぶのが礼儀。同情は失礼」
「その分も背負って次に進むしかないだろ」



調べてみると世間ではこのような名言で溢れていました。
これを見た時、今までの考え方が一気に変わっていくのを感じました。
相手の悔しがる気持ちや意志を背負い、次に繋いでいくのが勝負というもので、
同情というのは相手にとってまどろっこしいものでしかなく失礼にも当たりかねないという事を…。

「いい戦いだったぜ!」というように、敵と味方が最期に和解するような展開はコロコロコミック等の少年漫画に多く見られた記憶があります。
中でも『北斗の拳』という漫画では、主人公が全力で戦い命を奪い合った多くの強敵を「とも」と呼び、
相手の死を決して無駄にせず、その意志を自らの拳に変え、たった一人になっても戦い抜いていくというところが印象的で大好きでした。
極悪非道な名無しのモヒカン等には容赦がありませんが…。

『むこうぶち』はまさにその敗者のストーリーとなっていますね。
「負ける」ことは確かに負けでしかありませんが、
敗北から学ぶことや得られる教訓があるということを様々な形で教えてくれるのが良いです。
 
                            と も
その中で勝者で永遠のありつづける傀さんは、強敵と呼ぶような相手も敗者への同情も一切持ちあわせておらず、
何も背負わずに本当に一人の力だけで勝ち抜いていくというような…真の強い人なんだと思います。
傀さんと関わりさえすれば「病気 失業 離婚 借金 破滅 挙句に死亡」すると言われているくらいなもので、
相手の一生を壊しかねない高レートの舞台でそこまで非情でいられるのは凄まじいことだと思います。
「傀さん金を貸してくれ!続けるうちはまだ!」
「判りませんか?使い切ったのは あなたの人生の残額です」
 などなど…。
でも高レートに赴く人はそういった破滅の覚悟を承知で挑んでいるわけですから、自業自得みたいなものでしかないのかもしれません…。
「高レートには喰うものと喰われるモノの関係しか無い」と言われているように、
相手の同情などしていられない様な緊迫した環境で勝負がおこなわれているので、現場の人々も自然と心が研ぎ澄まされていくものなのでしょう。
昨日の友は今日の敵というような…。
それくらい生き延びるのが難しい世界なんでしょうか…。


勝負というのは…相手を犠牲にして勝ち上がっていくもので…、
その犠牲を顧みずに乗り越えていく強さがなければ、いつかどこかで壁に打ち当たってしまうものなんだと思います。
その強さをいかに手に入れるか、いかにきっかけを作るか…そんな展開は結構ありがちですが、
いつか描いてみたいと思っている漫画のネタになりそうだなぁと感じた出来事でした。
非力でひ弱な主人公が『北斗の拳』に登場するようなガチムチな漢に成長するという漫画を描いてみたいです。昔ジャンプにあったと思いましたが…。
麻雀漫画でいかにガチムチになるかは考えどころです。


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コメント

 んー、フリー雀荘なんかで三連勝くらいしたなら若干申し訳ない気分になりますね。
 でも思考の大半は
「おれTUEEEEEEEE!!」
「またアガれたのか!」「はやい!」「きた!流れきた!」「メインストリームきた!」「これで勝つる!」

 んまあ普段はノーレートか点3、高くて点5っていうぬるいレートで打ってるんであんまりピリピリしないのが救い。
 ノーレートなのにラス一回喰らっただけでスゴク不機嫌になったおっちゃんは怖かったですけどね……ノーレートでなんでそこまで怒れるの? と。笑

 自分の場合はお金 ……ポイント賭けて打ってる時はやっぱりみんな真剣なんですが、役満とかカッコイイ役とかアガられると素直に感心しますわ。
 まさに「いい戦いだったぜ!」的な思考です。笑

 セットでよく打ってる先輩で話は面白くて楽しい人なんですけど、麻雀はすごくよわくて一緒に打つと絶対私が勝ちすぎてしまいます。なのでその人と一緒に打つ時はその人から出たあたり牌を見逃したり、その人のリーチに差し込んだりします。(それでもその人が1番負けるんですけどw)その人に限らずセットで打つ時は負けすぎてる人がいたらさりげなくフォローしてその人を上げたりしますね。ですがフリーや天鳳で打つ時は一切相手の感情なんて考えません。というより金や成績が掛かってるとそれに必死で相手のことまで考えてる暇が無い。といった感じです。
 なぜ勝った時に嬉しいか、それは負けた時悔しいからなんです。負けた時の悔しさは次勝った時の嬉しさにつながるんです、だから気にしません。ちなみにわたし個人としては麻雀で負けた時悔しさを感じることはあまりありません。なぜなら麻雀は完璧に打ってもツキの良し悪しでまけるのに、いちいちその結果にイライラして気を使うのはめんどくさい、という理由からです。後こう言うと不遜な言い回しになるんですが、「今は負けたけど、自分の腕だったらトータルで取り返せる。」という自身があるからです。
 自分と親しい人間と打つ時は相手のことも気にしますが、普段は全く考えないし負けても気にしないといったところですね~。ただ唯一の例外は兄と打つ時で兄とはノーレートで打つんですが、お互い超真剣で1回でも負けたらめっちゃ悔しいですw。

 負けた相手を気遣うのは、実に日本人らしい「優しさ」だと思います。
だから自分は、そーいうキャラが好きです。
近年、「同情」という言葉がタブー視されているような感じですが、同情こそが優しさであり、それすら持てない人には勝って欲しくないです。
ついでに、負けて不機嫌になるタイプとは手合わせしたくないです…w

 ネットの隅っこでグダグダしている僕ですが、実は昔はそこそこ体育会系でして…w
麻雀以外でも、勝負事にはそれなりに密接に関わってましたww

 勝利の涙も美しいですが、惜敗の涙もまた美しいものです。
大切なのは、「いかに勝ったか」「いかに負けたか」だと思うんですよね~。

 >「いい戦いだったぜ!」
 少年誌系ではお約束ですがwぶっちゃけ負けた側としては、言われたらムカつくと思うんですよね…ww
どー考えても上から目線っていいますか…w
何も言われずに去ってくれた方が、いっそ清々しいっていますか…ww

 傀さんには、「敗者の惨めさを知っているからこそ、絶対的勝者であり続ける」というキャラであって欲しいと思います…w
すんごい個人的な見解で申し訳ないですが、何も背負わないっていうより、理解した上で全てを背負うってキャラが好きです…wwww
それは安永さんの言う「どれほど多くのものを失えば…」に繋がると信じてますww
この哀愁こそが麻雀漫画好きにはたまらない要素っていいますか…www

 巫さんは、それが顕著ですね。
天獅子先生が仰っていた「何かを失った、という事が一目で解る」(← すんませんうろ覚え)っていう、あの御姿。

 敗者に美学を感じる、この精神こそが日本人の誇るべき情緒であり、だから「むこうぶち」サイコー!な訳です、自分的にはw


 なんちてー。
すんません酔っ払ってますw
大分趣旨とは外れててすみません、ちょっと言ってみたかっただけですwwこのコメ削除して下さって構いませんから…w

 うん、でもまぁ傀さん、何も気にしてなさそうですけどね…www

>MOZさん
こんばんは!いつもコメントありがとうございます!

>三連勝くらいしたなら若干申し訳ない気分に~
MOZさんもそのように感じられますか!
相手が人の良さそうなお方だと尚更申し訳なくなってしまいそうですよね…。
ならもう勝負をしないほうがいいっという話なのですが、
「おれTUEEEEEEEE!!」 などの思考になるお気持ちも判らなくないです…w

ノーレートや点3等の低いレートでしたら、若干遊び感覚というのもありますし、
深いことを気にせずに素直に「俺つえー状態」を保って勝負を楽しむのが一番でしょうね。
でも中にはおっしゃるようなノーレートでラスを喰らって不機嫌になるおじさんのような方もいらっしゃそうでなんとも複雑な気分です…w
金がかかっていようといまいと負ける事が嫌いなお方もいらっしゃるのですね…。

>役満とかカッコイイ役とかアガられると素直に感心~
おおっ、お金のかかった真剣勝負の中でも、やはりそういった気分になられる事もございますか!
圧倒的に歴然な力の差というか、華麗なアガリを見せつけられると「おおお…」と感心しちゃうものですよね。
傀さんに御無礼された時もきっとこんな風に感心してしまうんだろうかと思ってなりませんでしたw
そういう時はなんだか、負けても気分がいいというか…、この人に負けてよかったというような清々しさが残りますよねw
正に「いい闘いだったぜ!」のような気分になるというか、もう一度この人と戦いたいというようなハツラツとした気分になりますw







>矢尾板さん
こんばんは!コメントありがとうございます。

>その人に限らずセットで打つ時は負けすぎてる人がいたらさりげなくフォローしてその人を上げたりしますね
そうなんですかーっ。セットはギャンブルというよりも仲間内で楽しむゲームな感覚に近いでしょうからね。
一人で勝ち越してしまうより、皆でアガって楽しんだほうがいいでしょうしw
しかし周りをフォローするほどの腕前がある矢尾板さんは凄いですね!なかなか出来ることじゃないと思います。


>フリーや天鳳で打つ時は一切相手の感情なんて考えません。
>というより金や成績が掛かってるとそれに必死で相手のことまで考えてる暇が無い。といった感じです。


なるほどお…。麻雀を楽しむ目的ではなく純粋に勝負だけが絡んでくると時には、
勝敗や金額の結果をまず気にかけるものなんですね。
大半の雀士はそのようにお考えなんだと思います。
ギャンブルで勝ち越して生きていくには多少の犠牲は仕方がないというか…、
皆が皆そう考えているので暗黙の了解といいますか…、相手の同情などで成り立つ世界では無いということなんですね。
人生がかかっている受験戦争などでも、誰を犠牲にしてでも勝ち上がりたいと思ってしまうものですし、
正に他のライバルを同情している余裕が無いといったところでしょうね…。

>負けた時の悔しさは次勝った時の嬉しさにつながるんです
おおお…おっしゃるとおりだと思います。
自分に負けた相手は他の勝負では勝っているかもしれませんし、別の試合で自分以外の相手に負けているかも知れませんし、
別の場所で別の勝利の喜びを感じているものでもあるんですよね。
それと同じく自分自身も負けた時の悔しさがある分勝った時の喜びもいずれ得られるものでもあるのでしょうから、
それほど相手の悔しさを気にするものじゃないんですね。
矢尾板さんの実戦を踏まえてのお考えは非常にタメになりました(つД`)

>なぜなら麻雀は完璧に打ってもツキの良し悪しでまけるのに、
>いちいちその結果にイライラして気を使うのはめんどくさい、という理由からです。


確かに麻雀って運要素が大きく絡みやすいですからね。
上の2chの書き込みにも「勝負運的なモノに否定されてる気がする」とあるように、
自分の運の無さに落ち込んだりする人も少なくはないと思います。
でも、その結果に気を使うのは面倒だと断言できる矢尾板さんは勝ち気に溢れているというか、前向きで素敵です。
トータルで取り返せるという自信があってこそなんでしょうね。
ギャンブルで勝ち越せるというのは並大抵なことではないと思うので、
そういった自信が持てることや実行出来ることに素直に凄いと
感じます。

>例外は兄
例外のケースがいらっしゃるというのも珍しいですねw
ノーレートでそれだけ競い合えるライバルがいらっしゃるというのも実に羨ましいと思いますw






>ぶぼさん
ぶぼさん、いつもコメントありがとうございます!!

>日本人らしい「優しさ」
確かに…こういう優しさが日本人の甘さ等とよく言われているのを耳にします…。
「同乗するなら金を~」という言葉が流行ってから(?)、
同情はなんだか偽善を意味する的なイメージがつきまとうような感じはしますね。
でも自分も同情こそが優しさだとは思います。些細な同情でも相手を気遣う事には変わりはありませんし…。
人を気遣うことで人を知っていくというのがなんだか理想的な感じですよね…w
負けて不機嫌になるタイプは…、周りが見えていないタイプなのかもしれませんね。不機嫌になっても仕方ないというか…。

>体育系
そうだったんですか!
ギャンブルのように運が反映されずに実力だけな世界ですから、
その実力だけの世界に存在する勝敗の価値観というものをお聞きしてみたかったですw

>「いかに勝ったか」「いかに負けたか」
負ける側にもドラマってありますよね。
努力が報われなかったけれども、その努力は消して無駄ではなかったと成長していく過程がいいな~と感じます。
勝負ってその時だけではなく、今後の生き方にも反映されていくというのも深いですよね…。

>>「いい戦いだったぜ!」
負けた側が全くそんな事を思っていないのに一方的に言われたら確かにムカつきますよね…ww
「自分の価値観を人に押し付けるな」というようななんというか…w


>傀さんには、「敗者の惨めさを知っているからこそ、絶対的勝者であり続ける」というキャラ~
これは祐太や江崎さんにも当て嵌りますよね。
その延長線上にいるのか傀さん…という意味合いで宜しいのでしょうか…。
第一巻の表紙の見返しのところに「深く暗き孤独を背負い、堕天使は闇夜に降り立つ――。」と書かれているように、
傀さんは何かを背負ってそこに存在しているんでしょうね。
自分は『むこうぶち』そのものに詳しくないのでなんとも言えないのが恐縮ですが、
何も根拠が無いにも関わらず「何も背負っていない」と決めつけてしまったのが申し訳ないです…。
ぶぼさんのご考察は『むこうぶち』の「失ったものが多いほど雀力がついてまわる」というようなテーマ(?)に凄く的を射ていると思います。
漫画全体に一貫したテーマがあるのって良いですよね~。

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好きな作品は北斗の拳 DB キン肉マン Zガンダム
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