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コナン=新一




考えても考えても、答えがだせない…
答えが出たと思ってもまた考えてしまう
誰かに相談したい等と思ってしょうがないのですが、こんなことを誰に相談したら良いのか…ww。

ああ、例えば最初はカッコいいキャラがいたとして、
何かを境に突然そのキャラがちょっと間抜けになってしまい、
実はそのキャラは本来存在したキャラに他の誰かが模倣ししていた偽物だった事が明らかになってしまったとします…。
そのキャラは本当の本当はカッコいいまま死ぬハズであったにも関わらず、
突然の大人の事情で路線変更のために突如偽物として扱われたまま、ちょっとカッコ悪い死に方をしてしまいます。

そうなってしまうと、必然的(?)に、
本来のカッコイイままだったキャラと、
正体がバレて間抜けになってしまった偽物のキャラ、
という二つのキャラが存在してしまっている事になってしまっているんじゃないかな?っと、自分は思ってしまうのです…。

そう考えると、自分は、もちろんどっちも、どっちも好きですが、好きですが、
そのキャラといえば自分にとって最初のカッコいいままだった方のイメージが強いので、
ちょっと、両者を一つのキャラとして考えることができないよう!っというような現象に陥ってしまうのです…。

(;´Д`)…

いくらカッコいいキャラが突然カッコ悪くヘタレになってしまっても、
そのキャラが同一のキャラであることに変わりはないのだから、
そのキャラはヘタレにもカッコ良くもどっちにもなれる、っという風に考えているのですけれども、
そのイメージがなかなか固まらない…というところでしょうか…。

例えば、『アンパンマン』に出てくるバイキンマンとドキンちゃんは、
よくアンパンマン一味の誰かの姿にちょっと変装をし、アンパンマン達を陥れることがあります。
不思議なことに、誰がどう見てもバイキンマンだとわかりそうな簡単な変装であるにもかかわらず、
アンパンマン達は変装を一切疑うことなく変装したバイキンマンと自然に接してしまうのです。
この場合は、「ああまたバイキンマンが変装してるんだな~」っと視聴者側もスムーズに受け入れる事ができますが、
例えば…、コナンの正体が新一である、というのは誰もがスムーズには信じられない場合が多く、
その度に混乱を招いてしまうような、何かこう、変装と本来の姿との間に物凄いギャップがあるんです。
こういうのは…、そのギャップをいかに受け入れるか…という事にかかっているのかもしれません。

たかが二次元のキャラにいちいちこだわりすぎだろ…っと思ってならないのですが、
このように書き出してみると少し冷静になれる気がしますヽ(゚∀。)ノ





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「俺のオ○ニータイム」という考え方




かの山川純一先生の作品に、

俺の性活論

っという作品があります。
この作品では主人公の男がエイズへのリスクから男性との性交渉を避けなければならない現実に落胆しつつも、
何も生身の男との性交渉だけが全てではない、世の中には様々な代用品があるのだ!という結論に至るという漫画です。

自分もこの考えには非常に賛成的であります。
世の中で人間同士で性交渉を行う際にはHIVを筆頭に様々な感染症のリスクを伴わなければならない諸刃の剣です。
特に怖いのは自覚症状がない病気が多いという事でしょう。
検査をしなければ発覚することもなくそのまま大きな病気につながる可能性もあります。

性感染症と言えば下半身の病気だろうという認識を自分は持っていました。
しかし、近年では咽喉への感染も多く確認されているようです。
咽喉へ感染することを知らなかった自分は……。

この山川純一先生の漫画のように、不特定多数との性交渉は行わないという認識を持ち、
性感染症の蔓延を事前に防ぐことが安全な性生活を送ることにつながるのだと思います。
その認識を持つためには、この漫画にあるように代用品を見つけることが全てだと思います。

人により代用品は様々であると思いますが、
現代では「二次元キャラクター」の利用が速やかに行われていると推測しています。
二次元キャラの利用は感染症のリスクもなければ、
現実では到底行えないような様々な方法をあんまり手を汚さずに可能とする夢のような事ができるのです。
オタク文化の繁栄に伴い、このような風習がより一般的になる事を望んでいます。ワッショイ…

大人とは


自分は中学時代からの中森明菜のファンです。
その頃にカラオケで母親が明菜の「飾りじゃないのよ涙は」を歌っていたのを聴いたのがきっかけでした。
初めて聴いた時、なんという大人っぽい歌なんだ!という感想を持ち、
他にもこの歌手はどんな歌を歌っているんだろうと、そこからベストアルバムに手を出しはじめ今に至ります。
明菜の曲は自然と自分の身近にあり、音楽をかける時は必ず明菜を毎回聴いてしまっていました。
色褪せないというか、惹かれ続けるものがあるんですよね…。


その中でTATOOという曲の映像が大変素晴らしいと思いました。
明菜の歌はCDでしか聴いたことがありませんでしたが、
舞台の上ではこんなにも演出力溢れる歌い方をしていたなんて…っと何度もリピートしてしまいます。
衣装から振り付け、歌い方、表情、視線、ありとあらゆる全てを用いて一つの曲の世界観を表現しているのが凄いです。
特にTATOOという曲は大人の女性による挑発的で魅惑的なドMにはたまらない曲となっていて、
明菜の衣装がボディコンでなければいけない理由をとてもよく物語っています。
「ハートの萎えた男は要らない」と切り捨てるように歌うところなんか聴くたびにまた感じまくってます!
とにかくエロティシズムでかカッコよくて、大人の世界を見せてくれるというか、まるで天国にいるような気分にさえさせてくれます。
今の時代ではこんなボディコン衣装で派手に歌を奏でる歌手なんてそうそう現れないだろうと思います。
こういった思い切った激しい歌を恥ずかしげもなく堂々と全国ネットで歌いきれるところも本当に凄い…。
明菜だからこそ歌いこなせる歌なのだと思わざるを得ません。
本当の意味で聴くたびに元気になれる曲だと思います。

特に驚いたのはこの明菜が当時22歳頃だったという事でしょう…。
22歳でこの貫禄なのか…と、まだ22歳なのにまるで大人を知り尽くしたかのような出で立ちに驚いてしまったものです。
自分が子供っぽいのか、明菜が大人っぽいのか妙な錯覚すら覚えてしまいます。
二十歳を過ぎれば誰だって明菜のような大人の貫禄を携えていいのに、
自分は見かけも頭脳もガキんちょのままでいいのかと、ああもっと大人になりたい等と思ってしまいました。

SFCのバハムートラグーンというゲームでは、
「大人になるって悲しい事なの」という言い訳を残した王女が敵国の将軍とくっついてしまうという悲しい展開がありましたけれど…。

ケコーンとは



先日姉が結婚したのですが、時期を同じくして叔母さん夫婦が離婚しました。
時期が一致していたので、結婚と離婚というものに対して少し考えさせられました。

叔母さん夫婦は傍からみたら仲が良さそうで、とても離婚するような関係に見えなかったので驚いたものです。
叔母さんいわく、付き合い続けた20数年の間で互いに積み重ねていた地層が少しずつずれて傾きつつあったのが原因だとおっしゃっていました。
叔母さん自身が主婦友達が旦那に対する愚痴をこぼしている光景を見て、
「なら別れちゃえば?」というような疑問を日頃から持っていたというのも一因だったそうです。

ただ付き合うだけなら個人とのやりとりで済む問題だけれど、
結婚となると家族同士のやり取りとなるので色々と大変だったという話を聞きました。
初めは誰だって「この人となら…!」と思って結婚をするはずであっても、
いつかはその関係が崩れてしまうこともあるのだと、今回のことで凄く身近に感じられました。
互いの気持ちだけの問題ではなく、家庭環境の問題や、子供の問題などを含め、
特定の人との関係を永遠に死ぬまで続けていくというのは…とてつもない大変なことなのかもしれません。

話は変わりますが姉が結婚した相手は120kg以上ある巨漢の人でした。
「どこに惹かれたのか?」という問いに対してクマのように包容力がある点だと述べていました。
確かに、大柄な男性に勝る包容力はないかもしれません。
漫画ですけれどクッキングパパ以上の包容力のある男性を知りません…。優しくて料理も作れる頼れるパパなんて素敵過ぎます。
男に求められるのはそういった力強さや頼もしさや優しさなのかもしれません…。


ひとつの青春が終わった



紛らわしさを防止するために…、
このブログは、もはやむこうぶちブログでもなんでもないことを申し上げます。
方向性のよく分からない普通の日記ブログに他なりません。
いつしか心の底からむこうぶちが大好き!という状態で記事を書く事ができなくなっている事に気付きました。
この先も特に中身のない日常的な更新が中心になると思います。
このブログはアンリンクフリーです。

何を言っても仕方がないですが、心変わりが原因です。
痛々しいですが、自分の中から…傀さんがいなくなっていました。
自分勝手で身勝手で、勝手に好きになったりそうじゃなくなったり、
本当に自分の都合しか考えていない自分が糞野郎でたまりませんが、
このままグダグダと気持ちの整理のつかないまま無理に「傀さんが好きだ!」等と書いてしまうのが申し訳なく思うのです。
なので…新年度を機に、今の気持ちをまとめてみようと思いました。
自分がどんな事を考えていようと他の方からみたら本当にどうでもいい事にすぎないという気持ちで、少し何かを書いてみたいと思います。

傀さんが幽霊と闘う話(第256話「デッドスペース」)などを見てから、
昔のもう少し人間らしかった傀さんはもう戻ってこないと確信したのが主なきっかけでした。
ギャップに悩むのなら今と昔を別物として考えよう等と身勝手な考えも浮上しましたが、
昔の傀さんも結局後々幽霊と麻雀を打つんだろう等と考えたら、次第に自分の中の傀像が崩れていきました。
本当にアホで身勝手な妄言ばかりで申し訳ないですが、
今の傀さんが突然として神レベルの豪運を披露していく話が多い中で、
ついに幽霊と麻雀を打って圧勝してしまったという非現実的な話が、どうしても受け入れられませんでした。


そして…いくつかの作品を渡り歩いた中で新しい二次元キャラと出会いました。
その二次元キャラでの妄想をブログに書いたり絵を書いたりしたいとは思いません。
あんなに入れ込んでいた傀さんを、あんな形で簡単に心変わりしてしまった事を考えると、
またすぐ飽きてしまうんじゃないかと思えてならないというのもありますし、
ブログにわざわざ書かなくても脳内で妄想すれば、それで十分なのだと思ったからです。
そのキャラを好きな人に作品や妄想を見て頂く自信がないというのが正直なところですが…。

これからの方向性のめどが全く立っていませんが、とりあえずぼちぼち続けていきたいと思います。
今までありがとうございました。


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矢尾板の麻雀・アニメブログ~目指せ鳳凰卓~//矢尾板様 喪ぐら//伊東様 蒼天遍歴//MOZ様 StarShip//オリオン様 はんちく荘//ぶぼ様

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Author:YRN
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好きな作品は北斗の拳 DB キン肉マン Zガンダム
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